別冊はてな話 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-05-05

はてブで振り返る、はてなっぽ

キーワード「はてなっぽ」を含む新着エントリーより。なにか変化があるかなと思いましたが、あんまりありませんでした。

というわけで特に何も察知できてないのですが、感覚込みで言えそうな範囲の変化を書き出してみますと、以前はてなっぽさの一部だったような気がする「ネット上の活動におけるインフラの優位性(はてなユーザー情報収集力とか、はてなダイアリーのちょっとした集客力とか)」は無くなったと思います。同時にスノビズムの問題もなりをひそめた感。

ただインフラ情報活用力の差から生まれる文化の違いやそこへの帰属意識はいまだにはてなっぽさとして顕在化することがある。でも弱くなっている。民主的決定と合理主義もはてなっぽさとし認識されることが少なくなっている。はてな本の頃の啓蒙が薄れたからか、とも。

デザインリッチ感の無さ等はまだはてならしさとして通用する面あり。でもこれも弱くなっているかも。

健在なのは内省的な文章と評論的なユーザー帰属意識の強いコミュニティというあたりでしょうか。

余力のある方は「はてならしさ」を含む新着エントリーでご検証ください……。

今ごろ「はてならしさ」が気になったのは

よた話ですが……米マイクロソフトとヤフーが合併交渉という話を受けて、いつもの孫呉説モード発動というパターンです。

そんなに真実味のある報道ではないのかもしれませんが、インターネット産業で「ネットソフトウェア」という中原のど真ん中にいるのがGoogleマイクロソフトヤフーGoogleが中原を制しつつあるというムードは伝わります。

Appleは「ネット家電」という産業で別の天下を宣言する。他の大国も「ネットと小売」「ネットマスコミ」という具合にインターネットの中原から距離を置いた所で自分の天下を確立しようとするでしょう。

そう考えていくと、ネットソフトはてなにはどこにも天下が残らないように思えます。これははてな孫呉説としてはまずい。「ネット教育」のような新産業に手を伸ばした方が良いのではないか。でもそれって「はてならしい」かしら?→上の記事へ。

で、考えた所、はてなはやはり数世紀後のはてなで書いたみたいにGoogle記憶系ならその他の大脳新皮質で、という具合に「ネットソフト」という土俵は同じでミッションが違うという形が「らしい」という気がします。体の部位に例えても、運動系や消化器系じゃなくて「脳」というほとんど同じ所で勝負しないといけない。小脳にくっついた小さな小さな大脳というかんじ。

人が、より意識的な情報処理活動をするとき直に使うのがはてな、全人類の意識の表層に近いのがはてなであれば良い。そしてGoogleの上っ面にへばりついて無理矢理インターフェイスとして割り込むほうが、はてならしいという気がするのです。だからRimoは、はてならしい。

そう思うと期待感依存度の変化というのは色々あると思いますが、私の中で「はてならしい」と思っている部分は、今もほとんど変わらずはてならしいのだなという結論です。

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