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2006-12-23

読書カテゴリー多いよ読書カテゴリー

自分のはてブ内のカテゴリーを整理していると、私のブックマークは半分以上がはてな関連の記事なのに妙に「読書カテゴリー」が多い。

理由は明白で、ブックマーク編集画面に入ると未編集ブックマークエントリーカテゴリーのプルダウンメニューで「読書」が選ばれるようになっているから。

(最初に)コメントブックマークタイトル編集した人が、カテゴリーには無頓着である場合、それらはすべて読書カテゴリーになってしまうのです。

で、はてなアイデアに行ってみましたら

idea6514が検討中になったのが今年の1月。“デフォルト設定を「読書」ではなく「一般」ないしは未設定にする。”のほうならすごく単純な変更に思えるんですけど、チラっと変えてもらえないかしら?! >g:hatena:id:hatenabookmarkさーん

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2006-12-21

まだウェブ文明のことを考えていた

前回思いつかないと言っていたウェブ文明の内容についてです。文明より文化の方がいいな…。*とのご感想をいただきましたけどもあれかな、文明という概念が持つ暴力性の問題でしょうか。今回の文章では、ウェブ未来に生み出すであろう多くの文化を過去の人類史と比較しながら包括的に考えようとするとき、文化より文明のほうが適当かなと思って文明にしています。でも「ウェブ=文明、ウェブ以外=未開」という認識を生むのは不毛なので梅田本タイトルとしては不適当かもしれませんね。

前回のまとめなど

  1. 知的活動*1には「観測」「論理思考」「情報の共有」「情報の整理(活用しやすくする)」が有効だ
  2. 古代ギリシャ文明:「論理性を徹底」する人々の出現*2論理学・科学など知的活動の道具立ての発達→近代科学への飛躍の素地に
  3. ウェブ文明:「情報共有を徹底」する人々の出現→???など知的活動の道具立ての発達→未来???への飛躍の素地に

ウェブ文明は人類の知的活動を一変させるかもしれない、もしくは「科学」のような人類の知的活動の道具立てを成立させるかもしれない、という思いつきです。SFガジェットを考える遊びみたいなことがしたい次第。

今回の眼目ではないのですが、「人類の知的活動を一変」で思いつくのは、全人類的な知的活動と個人の日常の境目がなくなること。日常生活でユビキタスコンピューターが計測・発信する情報が圧倒的に増え、それがウェブ上に送られて世界中の知的活動のための「観測」データになるとか。学術的な議論が、学会大学のような実社会の枠組みから解放されるとか……。でもそういうのはネットワークの浸透がもたらす変化ですからね。

もっと面白そうなのは「情報共有を徹底する人々」が生み出すかもしれないもののほうです。信じられないほど理屈っぽい古代ギリシャ哲学者達のように、今の私たちから見るととんでもないコスト情報共有に費やす人々が、何を発展させるのか。

情報錬金

すでにあるものから考え始めると、オープンソース活動の成果物が挙げられるでしょう。Firefoxが一定のシェアを占めるウェブブラウザになったのは、「情報共有の成果」が「大企業競争力の成果」に匹敵した出来事だと言い換えられます。また、はてブのようなSBSメディアとしての存在感を増していけばやはり「情報共有の成果」が「経済競争力の成果」を脅かす現象は起こるでしょう。まあはてなは営利企業だったり、オープンソースソフトウェアを「情報共有の成果」と言い切ってしまうのには問題が多々あったりでしょうけども、情報共有の恩恵ウェブ上で享受している方はきっと増えていると思います。

今あるweb2.0的な情報共有の潮流の中でも、「ウェブ上で得られる情報や知力を収集・構成してWikipediaのような成果物を得るにはどうしたら良いか? 成功にはどんな条件が必要か?」というのは注目を集める関心事です。

理想的には、ウェブ上に散在している情報や知力が、あるテーマにそって自動的に有益な情報に再構成されるのが一番です。「〜〜なOS欲しい!」と唱えると、魔法のようにLinuxが完成する状態を究極としてみましょう。

現実ではオープンソース活動にしても、web2.0サービスにしても、その成功は運営側の努力・さじ加減・運によるところが大きく、とてもとても情報が自律的に有益な形を作るという夢には遠い状況のはずです。

最低限なにをすればいいのかと言った研究は、お金になるでしょうしこれからどんどん進んでいくでしょう。知的資源のスープからより旨味のあるスープを作る技術が蓄積され、中世錬金術近代化学の素地を作ったように大きな学問分野になることはありそうです。

ユビキタス情報共有

はてなグループはてな社のためのグループウェアでもあるように、「効率的なチームワークのための情報共有術」は営利企業の関心事だと思います。でも現在は企業外部との情報共有をする場は少ないし、企業としての競争力を守るために共有できない事もある。各企業内で情報共有術が進んでいくでしょう。これが徹底されるとどうなるか。

情報共有は究極的には、全員が同じ体験をしている、完全に脳へのインプットが同期した状態になると思います。それが技術的にできるとして、そこから共有しなくてもいい情報差し引いて個人に受け渡される状態が理想的な情報共有となるでしょうか。サーバー経由かP2Pかは分かりませんが、HTTPでないのは確実な段階です。

企業でこれができると、新米とベテランの表面的なパフォーマンスの差はほとんど無くなるかもしれません。情報共有している共同体は、どのメンバーが発するどんな問題に関心を持ち、知的資源を割くべきかを決定しながら、可能な限り効率的な連係プレーをしていきます。パフォーマンスではなく知的資源への貢献度が、個人の評価になるかもしれません。

そしてたぶん、この情報共有体のメンバーは、すごいスピードで習熟します。

情報共有術が企業内で極まると、当然それを日常生活に転用したらメチャクチャ便利だろうとなるでしょう。「知識がない」ことがモバイル機器の利用で解決されるシーンは今や日常ですが、「経験不足」「思考力が弱い」といったことも、人生においてたいした問題ではなくなるかもしれないのです。

有料の情報共有クラブができるかもしれません。国や自治体でどの程度の「チームプレー」が可能か分かりませんが、案外囚人のジレンマ理屈助け合い社会になるかもしれません。みんな恋から手練手管の口説き上手なんていうのはちょっと嫌な想像ですが。

関心喚起術

上の話で、自分が共同体に「知的資源を割いてくれ」と申請する場合、その要求がどの程度重要かをアピールする必要があるのではないかと思います。

他人の関心を喚起するほど、その問題に知的資源が投入されるとすれば、関心を喚起する力が問題の解決力になってきます。広告過剰な街並のように、「関心喚起過剰」な情報共有空間になるかもしれません。

広告物欲を刺激するように、関心喚起はさまざまな好奇心を刺激し、嗜好を増幅し、あれもこれもしたくて仕方が無いように私たちをしむけるかもしれません。

もはや好奇心が乏しくても、この世にあまり好きなものがなくても、ついつい活発に生きてしまう時代になるかもしれません。

徹底的に情報共有された全人類的知的活動

情報共有の流れの延長が全人類的知的活動ですね。経済だけでなく知的生活もグローバル化した社会です*3

宇宙文明タイプI時代なら、そのくらいあってもいいかも。ここまでくれば、次代の文明と呼ぶにふさわしい変容ですねえ。

*1:ここで「知的活動」というのは、学術的・経済的・または生活の中で有意義な成果が得られるような目的のある知的活動です。うまい言葉が見つからなかったので。

*2:「古代ギリシャ文明が論理性を徹底する人々の出現によるもの」というのは今回の考えに都合の良い自説です念のため。

*3:その中ではてなが果たす役割は別冊はてな話 - 数世紀後のはてな

motimoti3motimoti32006/12/21 09:16RSSはこんな感じかな・・・(違うかな・・・)と思って書きました。sugioさんが気に入ってくだされば、恥ずかし嬉しです。

sugiosugio2006/12/21 09:55あ、お返事ありがとうございます。甲斐甲斐しくフィードを集めつつも、関係が近しいだけに主人の嗜好を色濃く把握している様をメイド擬人化というのは良かったですねー。アンテナもメイドだったらご主人様取り合い展開か…などと妄想膨らみます。

facetfacet2006/12/27 00:47反応遅れてスミマセン。
文明と文化の話ですが、ウェブ文明というのが「宇宙文明」の「タイプI文明」規模以上にまで広がる話だということで、今は何も違和感はありません。個人的に、Webは新たな(タイプ0.7)文明になるよりも多様な文化の集合(ロングテール?)的なものになってほしいという希望があるので、ああいうブクマコメントになりました。
PS こういうSFガジェット的な話は大好きです。また期待しています(^^)

sugiosugio2006/12/27 14:36いえいえわざわざお返事ありがとうございます。
なるほど、1.0以降ならしっくりくるというのは私も近い感覚かもしれません。まあその頃までWWWでありつづけるかは苦しい感じですけども……

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2006-12-15

次の梅田本は「ウェブ文明論」だと……良くないか

またヨタヨタの話です。相変わらず学がないのであいまいに冗長に。

極東ブログ: [書評]ウェブ人間論(梅田望夫、平野啓一郎)という記事、とても面白くて読みたくなる書評なのですが、ここでは梅田望夫さんが対峙して圧倒されているという新しい人々の意識について触れられた引用部分だけを引用します。

平野 ハッカー・エシックというのは、どういうものでしょうか。ハッカー倫理ですか?

梅田 プログラマーという新しい職業に携わる人たちが共有する倫理観とでもいうべきものですね。プログラマーとしての創造性に誇りを持ち、好きなことへの没頭を是とし、報酬より称賛を大切にし、情報の共有をものすごく重要なことと考える。そしてやや反権威的、というような考え方の組み合わせというか、ある種の気概のようなものです。

「エシック」とはethic、(特定の文化・集団の)価値体系, 倫理道徳*とのこと。

ここを読んだときは「新しい技術者文化の発生」のような問題かと思ったわけですが、たまたま直後に量産型ブログ - Web2.0にまつわる話は古代ギリシャを思い起こすを拝見し、あーもしかすると「新しい文明」ということなのかもしれないと、考えたお話です。


最近立ち読みしたオカルト雑誌で「古代ギリシャ文明はなんであんなに唐突に技術レベルが高いんだ」という特集があり、まあ学術的に謎なのかどうかは知らないですし、脈々と技術を受け継いだ期間の歴史記録が現存していないというだけのことかもしれませんが、不思議には思っておりまして。

私がギリシャ文明ですごいと思うのは、現代につながる学問の様式が確立していることです。考えつく範囲で「論理の徹底」「知識の公開」「観察の重視」「情報の体系化」。これらが守られていれば、近代科学までの飛躍はいつかは達成できそうなものです。

とりわけその当時で、思索の道具立てや方法論に自覚的だったほどの「論理の徹底」の度合いが、例えば東洋医学などの他の文明の学問と、西洋科学を分けたポイントだったのではないかと思います。まあ当時の理論は現代で通用しなかったり、西洋医学でもなんで効くのか分からない薬が多々あったりするんでしょうけども、論理思考執拗さというのは当時希有のものだったのではないでしょうか。そこで生まれた論理学のような思索の道具立てがないと、仮説と実証の近代科学につながらない気がします。

で、それはアリストテレスが天才だったりゼノン論理学を確立させたからとかじゃあなくて、きっと元から論理性にこだわる文化がそこにあったのだろうと思うのです。

議論ツールのことを妄想していたときに思ったことですが、論理的な言説っていうのは「ある結論+その理由」で出来ています。反証されそうな質問をされてしまったら「新しい理由」をつけて返すか「分からない」としておくか質問の有効性を否定するか……などと発展していきますが、基本は「〜〜だから、〜〜だ。」という構造だけ。大ざっぱに言えば全部の学問はこれで組み立てられているはずです。

当時のギリシャで、その「〜〜だから、〜〜だ。」が徹底されたことがすごいと思うのです。だって、それだけのことじゃないですか。論理性って。

天地を観察して論理的に考えると「大地は球状だ」という結論に達する。そこが思索のテコとなる論理思考のすごさですけども、当時の人にはふつう、そこまでのすごみ・重要性は実感できなかったと思うのです。

日常生活で論理思考だけをするというのはまず不可能で、感覚や経験則による素早い判断が逐一必要です。だから理屈よりも直感や慣れが大事だと言うことは、日常ではよく実感できます。論理思考は、思考に費やすコストを加味しつつ総合的に結論する人間の習性からすると、非人間的とも思える考え方です。

でも古代ギリシャの前後では、学問の様式を変えるくらいに論理性を重視するようになる転換が起こったんじゃないでしょうか。

古代ギリシャ文明の技術レベルの謎は、オカルト誌ではムー大陸アトランティスが…と失われた超古代文明の特集へとつながるのですが、私はどこかのポリスとか、地中海のある島ぐらいのスケールでも、「論理性を徹底する人々」が現れれば、近代科学へ一直線……ではないけれど、その土壌となる画期的な文明の変化が起きるのではないかと思うわけです。

さて前置きが長くなりましたが、「創造性に誇りを持ち、好きなことへの没頭を是とし、報酬より称賛を大切にし、情報の共有をものすごく重要なことと考える」プログラマーの話に戻りますと、「情報の共有をものすごく重要なことと考える」がひっかかります。

先ほど挙げた学問の様式の中にも「知識の公開」がありますが、ウェブ2.0サービス情報共有が学問分野の範囲・スピードでないのはご存知の通り。「そんなになんでも共有しなくてもいいじゃないか」「ウェブ2.0と言われるサービスに有益な情報がとりわけ多いとも感じない」「共有できない部分だって結局たくさんあるだろう」……と、「情報共有」をそこまで重視しない私自身は、マイナスイメージにもかなり同調できます。

でも「情報共有の徹底」が非常に重要だ、例えば、もっともっと広い範囲での情報共有が(攻殻機動隊情報の並列化みたいに)随時必要だ、情報共有学は巨大な研究分野になる、ウェブでの情報共有が生み出す力は企業や国家競争原理が生み出す力をしのぐ、などと確信していて異常に見えるくらい情報共有にコストを惜しまない人々が出現したら……何か新しい文化が生まれることは想像できます。

もともとウェブ論文発表したりするのに便利なシステムですし、広ーい範囲での学問復興が起こるくらいのこと、はウェブの設計通りの現象でしょう。

でもそれによって人間のほうが変わり、今までの知的活動の様式を一歩進めてきたとしたら、それはもう新しい文明の出現を予感させるものではないでしょうか(どこへ一直線なのかはぜんぜん見えませんけども)。世界経済の一体化だけじゃなくて知識の一体化が起きてますます世界政府実現に近づくとか……うーん生きてるうちはないな。


というところで、"ウェブ文明"をGoogle検索してみたんですが、1件しか出て来ないのにビックリ! あれ? "ウェブ文明"っていうフレーズはありえない? 馬鹿っぽすぎるの……? あぁ、そういう話は"インターネット文明"になるんですね。それでもずいぶん少ない(検索結果約202件)。インターネットは通信網なので、"インターネット文明"は"電話文明"と対比するような代物ですよね……ここで言いたいのはやっぱり"ウェブ文明"なんですけど……あらー、"web文明"も中国語ページ1件だ。"www文明"はVIPPERの文章にしかひっかかりません。えー、もし「ウェブ文明」という言葉日本で頻繁に使われるようになりましたら、それを最初にウェブ上に書いたのはへっぽこにっきさん(リンク切れ)だと思われると主張して終わります。 ビバウェブ文明!

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