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2005-12-11

Re:続・はてブコメント一覧は引用かどうか話、または、Web時代の引用とは

続・はてブのコメント一覧は引用かどうか話、または、Web時代の引用とは

d:id:facetさんから 引用ではないさらに追記に対するご意見をいただきました。

私の意見は、やはり特に変わりません。まず、HTML4.01仕様書のいう「quote」について詳しい定義は分らないこと、なので常識的な意味での「quote」を超えた意味づけはできないだろうこと、「quote」には引用部分以外の本論が必要であり、よって自動的に文章を収集するだけで論を展開しない、話者の視点を持たないはてブエントリーページのコメント欄は「quote」にあたらないという考えです。「quote」の意味について新事実があれば意見を変えるかもしれません。

HTML 4.01仕様書 - 引用: BLOCKQUOTE要素とQ要素(原文http://www.w3.org/TR/html4/struct/text.html#edef-Q)を読んでもquoteやquotationsが本論を必要とするかは書いておらず、ごく一般的な本論を持つ引用の事例が書かれています。HTML成立の経緯を考えてもCERN研究論文の閲覧からですし、やはり本論があっての引用、本論の話者という存在を前提としての引用を想起してしまいます。

HTML仕様書の本文は自然言語で書かれています。自然言語における言葉の意味は固定されたものではなく、はなはだ不安定なものですが、それだけに実際その語がどのように使われているかが重要になります。そこで「quote」というのは、まだfacetさんがおっしゃるような意味の語になっていないのではないかと思うのです。反対に「Webにおいてこの語は新しい意味を持つので、ここで使われている意味は別だということにしよう」としてしまっては、仕様書における他のすべての自然言語の価値を揺るがしてしまいます。「ここで使われている意味は一般で使う場合より広い」ということがあれば、それは仕様書に書かれていなければいけないでしょう。

例えば検索エンジンの検索結果に表示される文章がq要素として表示されたり、ニュースサイトニュース見出しがq要素にするのが一般的、というような社会になれば、それはquoteの意味が変わったのであり、はてブエントリーページコメント欄がq要素になっても構わないと思います。「quoteは必ずしも本論を必要としない、よってq要素は本論を必要としない」ということが常識化して、「従来の引用」はそれにとって代わる新しい言葉が登場すれば、問題ないでしょう。

しかしそのような合意が得られていない社会であの欄をquoteと示してしまえば、第三者に引用とはそういうものかという誤解を生じるかもしれません。現ウェブ上では「本論の必要性」などという視点を抜きに「引用は合法」とする資料がたくさんありますから、あのような文章の収集が「quote」であり「合法」であると考える人が出ても不思議ではないでしょう。公共性の高いサイトにおいて、そのようなマークアップはいかがなものでしょうか。

これからのwebにおいてどのようなマークアップが理想的であるかという問題に関して特に意見を持たず恐縮ですが、それはHTMLのqではない別の言語の別の要素で、価値を付加するようなマークアップをすることを推奨していくべきものではないかと感じています。

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