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2005-10-11

はてな孫呉に見立てて語るのをもう一度

ここははてなの人が目にする確率が高いからなあ……でもこっそりできる所もないので結局ここで……。ええと、こちらの近藤さん=劉邦見立ての記事に触発されまして、前からまとめようと思っていたはてな孫呉説(私しか言ってません)の拡大判を……。近藤さん孫権でやる話です。まあ結局はてなは国でも軍団でもないのですが、共通点の列挙で組織・人物評のようにして楽しみたいのです。

ただ三国呉(呉 (三国) - Wikipedia)は三国志ファン以外の人はまず分からないという決定的な弱みがあります(分かる人でもつまらないかもだけど)。スターぞろいの蜀軍で例えるネタのほうがありそう。いつかそんなネタが好評を博して、あれが関羽諸葛亮だと賑わうエントリーがあったら、私がひとり地団駄を踏んでいることを思い出してください(ご面倒おかけします)。

近藤さん孫権なところ

  • 根が明るい。
  • けっこう図太い。
  • 合理主義。
  • 任侠の親分タイプでも貴族・官僚タイプでもない。いわば政治家的。
  • 論理的に思索する性格(実行をともなうバランス型)。
  • 人の意見をよく聞くが、鵜呑みにはしない性格。
  • あふれ出すフロンティア精神。
  • よって正しい情報を得ていれば非常に冴えているが、推測に頼らざるをえない未踏領域でも挑戦するので、誰もが失敗すると思うようなことを断行して失敗する傾向がある。
  • 本人が有能だが直接の戦闘では一流とはいかず部下が目立つ。
  • 人を酔いつぶす癖(がありそうな気がする。情報求む)

せっかちな所が孫権と違うので、創業者でもあるし孫堅孫策にしようかとも思ったのですが、ふたりとも早死にであんまり英雄的なので、よく人となりがわかって人間くさい孫権のほうにしました。

はてなが呉なところ

  • 中央志向がない。天下取りは第一目標ではない。
  • 独自色が強く、他と相対化して理解しにくいポジショニング
  • 若いアウトローを集めてフロンティア開拓。
  • 切り取った領土(手をつけたサービス)に執着する。手放さず開発を継続。
  • 外から見ると結束力が強みの集団(だが、実は切磋琢磨と紙一重の所で張り合っているのかもしれない。知らない)。
  • 外から見ると閉鎖的に見える(サービスのほう)
  • 文武両道の気風(スポーツ体質)
  • 粗っぽくさえ感じる自由闊達な気風。

日本の戦国だと攻めやすい土地を併呑して拡大…という国が見つけられないのですが(すぐ強敵にぶつかる)、長宗我部あたりでしょうか。南国の苦悩する君主つながり。

スタッフを呉の文官・武官に例えてみる。

呉の人物はてなの人物ちゃまぜ人物評
朱治reikon近藤の独立を促し、はてな飛躍の足がかりを築く。つつましやかな性格であったと言われており後輩をよく諭した。
程普onishi旗揚げから近藤の独立を補佐し人力検索の安定に尽力した。随所で活躍するわりに地味な重鎮感。(写真は眼鏡で座りの人)
韓当danjou旗本四天王の一人。欲の無い人物で常に前線で活躍、多くの部下から慕われたと言われている。(写真は眼鏡で立ちの人)
黄蓋mitsuki威風漂う古参の将。クレームが多発する地域には「スタッフ田中」が度々派遣され、どこも無事に平定し、人々は平穏に暮らしたという。
魯粛kawasaki若くから多くの名士と親交を結び名声を博した。組織の枠や従来の価値観にとらわれない遠大な構想力を持つ参謀であり、風貌も良いが、年寄りには奇抜さが怪しまれウケが悪い(想像)。主に外交面で功績。
張紘umedamochio名文家でもあった知謀の士。当時一流の人物からの推挙をことごとく断っていたが、なぜか若い孫策を気に入り要請を承けて参画。許都では孫策の素晴らしさを熱心に説いた。熱血ぞろいの呉において清涼剤的存在
張昭 張紘とともに相談役・後方支援役で、絶大な名声を得た清流の士。常に孫権を諌める役回りで、剛直・頑固な性格もありたびたび対立。スタッフにはいない感じで、ポジション的にはうるさ型のユーザー達が近い気がします。
周瑜naoyaわかったよ、周瑜はあげる、あげるよう〜。呉の中で一番かっこよくて完璧な大都督(最高軍政長官)。若くてイケメンだったので美周朗と呼ばれ、ペアプロしたい男ナンバーワン。web天下2.0の計を実践。

えー、歴史観の問題や当て推量なところ、いろいろご容赦ください。この後のスタッフが、赤壁などで活躍する呂蒙甘寧・蒋欽・周泰・陳武・凌操のような若い荒くれ武者のはずですが、まだはてな内でのキャラづけが良くわからなくて上手くこじつけられませんでした。すごく対象が狭い気がしますけどスタッフ三国志に詳しい方アイデア募集中です。

santaro_ysantaro_y2005/10/13 22:20ども。はじめまして。
呉っていうのが渋すぎwでよくは知らないんですけど、孫権は嗜虐趣味があったとか言われてるんですよね。なのでオレの中では残虐なイメージだったりします。その辺をいかにオブラートに包むか・・・って書いてしまってますけどw

sugiosugio2005/10/13 23:44どもども、コメントありがとうございます。嗜虐趣味とまでは聞いたことがなかったですが、特に優しいというイメージもないです。晩年はだいぶタガが外れてしまったようですし本質的にはあるかもしれませんねえ。末帝の孫晧はモロにそんな評価ですが。

santaro_ysantaro_y2005/10/14 23:16あっなかったですか(汗。
いや詳しくないのでまずい、記憶違いかもと思って確認してみました。
陳舜臣氏の中国五千年という本だったみたいで、その中で「孫権に見られた嗜虐性が孫晧に数倍のひどさであらわれた」という記述がありました。どうやらより酷いのはおっしゃるとおり孫晧の方であったようです。でどうやら呉は他国に比べて刑罰などが厳しい厳罰主義であった、というのもあったみたいです。
とりあえず参考まで。

sugiosugio2005/10/15 05:32やや、ご報告ありがとうございます。「普通の中国皇帝」の残虐レベルがけっこうなものなので孫晧までいかないと特筆されず、孫権の嗜虐性は名君の評に隠れてしまうこともありそうですね

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